魔才漫画家・ドグマ出版主催・香山哲のブログです。

2008/11/08

「資本論を読む」第1章第3節の3、135-139

 [五] 「一見して分かることだが、単純な価値形態、この萌芽形態は、不十分なものである。この萌芽状態は、一連の形態変化を経て、はじめて貨幣形態に成熟する」。

 ある一つの商品の価値を、ただ一つの他の商品の使用価値によって表現する「単純な価値形態」は、一見して分かるように、二つだけの商品の交換関係において現われる最初の価値形態であり、価値というものが初めて生れたその形態であり、いわば芽生えたばかりの価値の「萌芽形態」である。これは、歴史的には物々交換barterにおいて現われる価値形態である。だから商品生産が発展して無数の諸商品が交換される諸関係の中では、それら諸商品の諸価値を表現する価値形態としては、まったく「不十分」なものである。

 それゆえにこの「萌芽状態」は、これから先きに見るように、商品生産の発展と共に「一連の形態変化」を経過して、「貨幣形態」に成熟する。この貨幣形態は、あらゆる商品の諸価値を、「貨幣」という一つの商品によって相対的に表現する形態である。

 [六] 「商品Aの価値を、なんらかの商品Bで表現しても、その表現は、商品Aの価値をただその商品自体の使用価値からだけ区別するのであり、それゆえにまた商品Aを、その商品自体とは異なったなんらかの単独の商品種類との交換関係にのみおくだけである。その表現は、商品Aと他のすべての諸商品との質的な同等性と量的な比率関係を表わすものではない。ある一つの商品の単純な相対的価値形態には、ある他の商品の単独の等価形態が対応する。こうして上着は、リンネルの相対的価値表現では、リンネルというこの単独の商品種類との関連でのみ等価形態を、あるいは直接に交換可能であるという形態を、もつのである」。

 「商品Aの価値を、なんらかの商品Bで表現」する「単純な価値形態」では、「商品Aの価値」を、それの等価物として商品Bの使用価値で表現して、その価値を「ただその商品自体の使用価値からだけ区別」する。だからこの表現は、「商品A」とそれとは異なった「なんらかの単独の商品種類」たとえば商品Bだけの、ただ二つの商品のみの交換関係を表わすにすぎない。この表現では、「商品Aと他のすべての諸商品との質的な同等性」すなわち諸商品の諸価値も、それらの「量的な比率関係」すなわち諸価値の大きさも、表わされない。ここに、前分節で指摘した、単純な価値形態の不十分さがあるのである。

 商品Bたとえばう上着はリンネルという「単独の商品種類」<>とだけ「関連」して、そのリンネルの等価となるのであって、「単純な相対的価値形態」<>には、「単独の等価形態」<>が「対応する」。この対応関係は、商品Aが、商品B以外の他の諸商品とも、価値として質的に同等であること、したがって一定の量的比率で交換可能であることは、表現しない。上着だけが、リンネルと「直接に交換可能という形態」をもつにすぎない。

「資本論を読む」第1章第3節の3、130-135

 [四] 「労働生産物は、どのような社会的状態のものとでも使用対象であるが、その労働生産物を商品に転化するのは、ある一つの歴史的に規定された発展時代だけであって、その時代が、ある一つの使用物の生産に支出された労働をその物の『対象的』属性として、すなわち、その物の価値として表わすのである。だから、商品の単純な価値形態は、同時に労働生産物の単純な商品形態であり、それゆえにまた商品形態の発展は、価値形態の発展に一致することになる」。

 この分節では商品を時代の産物として、歴史的に考察する。

 「労働生産物は、どのような社会的状態のもとでも、使用対象である」。いいかえれば、社会の諸関係、社会の形態がどうであろうと、たとえば奴隷制社会であろうと封建制社会であろうと、いつでもどこでもそれが一つの「使用対象」=使用物であることには変りない。人間は使用し消費するために労働して物を生産するからである。だから、たとえば農民の労働生産物である米は、食糧として使用し消費するために、縄文時代からいつの時代の「どのような社会的状態のもとでも使用対象」、食糧という一つの使用価値物であった。

 ところが「この労働生産物」は、「ある一つの歴史的に規定された発展時代」になると「商品」に転化する。最初は農業と牧畜との分離、ついで農耕と手工業との分離というかたちで、社会的分業(労働の社会的分割)が発展するのにともなって、農産物、畜産物、手工業製品など、労働生産物の商品への転化も進展する。しかし初期の歴史的時代には、主として一つの社会と他の社会、たとえば農耕民族の社会と牧畜民族の社会との間でのみ、いいかえればそれぞれの社会の対外的関係でのみ、労働生産物の商品化というこの現象が見られたにすぎなかった。それぞれの社会の内部では、原始共同体的あるいは奴隷制的または農奴制的な現物経済が営まれていて、一般に労働生産物が商品という形態をとることはなかった。ところが中世の封建制社会まで支配的であった現物経済が、社会的分業の一層の発展によって解体し、諸労働生産物の交換がそれぞれの社会の内部で拡大し深化してくる近世以降になると、諸使用対象はもっぱら諸商品として生産されるようになる。ここに商品生産社会が出現する。

 このようにして、「労働生産物を商品に転化するのは、ある一定の歴史的に規定された発展時代だけ」であり、その時代の産物として、「ある一つの使用物の生産に支出された労働」は、「その物の『対象的』属性として」いいかえれば、その物が客観的にもつ固有の性質、すなわち「その物の価値」として表わされるようになる。

 歴史的に発展した商品生産社会では、人間の労働は、その生産した使用物の中に沈殿し凝固した状態で、その物の価値となる。その価値は、その使用物の「対象的属性」すなわちその使用対象の固有の性質となるのである。しかし価値というこの属性は、その物が生れながらにもっている自然的属性ではなく、ある一つの使用物が他の一つの使用物と交換される社会的関係の中でのみ存在し出現する社会的属性である。

 そこで次のように言うことができる。商品の分析における「商品の単純な価値形態」、すなわち第三節Aにおいて見た、ある一つの商品の抽象的な価値が他の異なった一つの商品の使用価値によって表現される具体的な形態は、また「同時に労働生産物の単純な価値形態」は、発展した商品生産社会に見られる最も単純な価値形態であるが、「労働生産物の単純な商品形態」は、商品生産の最初あるいは初期に見られる形態である。というのは、これまでもっぱら自家消費されてきた労働生産物が、初めて他の労働生産物と交換されて、商品となるその形態だからである。

 社会的分業の発展は、商品生産の発展であり、この過程では、これから先きに見るように、商品形態は、貨幣形態、資本形態へと、形態変化して発展する。その過程では、価値形態は、貨幣の形態をとり、さらに資本の形態へと進む。こうして「商品形態の発展」は、当然に「価値形態の発展」に「一致する」ことになる。

 ここで一言つけくわえておくが、経済的諸形態の変化と発展は一つの歴史的過程である。だから、発展した経済形態の分析における、最も単純なものからより複雑なものへとの諸概念の論理的展開は、現実の社会経済の歴史的発展が単純なものから複雑なものへと進むかぎりでは、一致する。いわゆる論理的なものと歴史的なものとの一致である。こうして、一方の理解は他方の理解を助けることになるのである。経済学と経済史学との関係がこれである。

2008/11/07

「資本論を読む」第1章第3節の3、126-130

 [三] 「商品Bに対する価値関係の中に入っている商品Aの価値表現を、さらに詳しく考察してみると、次のことが分かった。この価値表現の内部では、商品Aの自然的形態は、使用価値の姿としてのみ通用し、商品Bの自然的形態は、価値形態または価値の姿としてのみ通用するのである。こうして商品の中につつみこまれている使用価値と価値との内的対立は、一つの外的対立によって表わされる。すなわち、その価値が代表さるべきそれに価値が表現されるべきである一つの商品は、直接には使用価値としてのみ通用し、それに価値が表現される他の商品は、これとは反対に、直接には交換価値としてのみ通用するという、二つの商品のこの関係によって、表わされるのである。こういうわけで、ある一つの商品の単純な価値形態は、その商品の中に入っている使用価値と価値との対立の単純な現象形態なのである」。

 「価値関係」とは、交換において二つの商品が相互に関連し合う関係であり、そこでは、たとえば商品Aの価値は他の商品Bによって表現され、この価値関係は商品A=商品Bという等式で示される。この「商品Aの価値表現」を、さらに詳しく考察すると、次のようなことが分かった。すなわち「この価値表現の内部では」、いいかえれば商品A=商品Bという等価関係においては、「商品Aの自然的形態」すなわちAという物体は、「使用価値の姿としてのみ通用する」。なぜなら商品Aは、その物体が商品Bの所有者にとっては必らず使用価値でなければならず、価値は問題とならないからである。ところが「商品Bの自然的形態は、価値形態または価値の姿としてのみ通用する」。なぜなら商品Bは、商品Aが商品Bに等しいという方法で、Bという自然的形態、Bの物体=使用価値がAの価値を表現するのだからである。商品A=商品Bにおいては、二つの商品は等価であるゆえに、Bという自然的形態=使用価値が、Aの価値を表現する形態すなわち「価値形態」となっているのであり、Bは、Aの内部にあって目には見えないその価値を、目に見えるものとして具体的に外部に表現する「姿」なのである。

ところで一般に商品は、使用価値としては、それが何の役にたつかというその質的側面に意味があり、価値としては、どれだけの大きさがあるかというその量的側面が意味をもつ。そしてある商品の使用価値の分量が増大しても、その価値の大きさは減少することもある。このように、一つの商品のもつ使用価値と価値とは、質的なものという対立関係にあるが、この対立は一つの「商品の中につつみこまれている内的対立」であり、商品がただ一つ単独に存在するかぎり、その内部にひそんだままである。ところがこの商品が他の異なった種類の商品との交換関係の中に入ると、その内的対立は「外的対立」となって現われる。というのは、その商品の価値は他の商品の使用価値によって表現されて、その商品の使用価値と価値とは、使用価値としてのその商品とその商品の価値を表現する他の商品との対立というかたちで外部に現われるからである。

 この関係の中では、「その価値が表現さるべきある一つの商品」たとえばAは、その交換相手である商品Bの所有者にとって有用物でなければならず、したがって「直接には使用価値としてのみ通用する」。そして「それに価値が表現される他の商品」、商品Aの価値を自分の物体で表現する他の商品Bは、「これとは反対に、直接には交換価値としてのみ通用する」。こうして「ある一つの商品の単純な価値形態」、すなわち、ある一つの商品Aがその価値を、他の一つの商品Bの使用価値によって相対的に表現する形態は、Aという「その商品の中に入っている使用価値と価値との対立」が、AとBという二つの商品の関係として外部に表現される「単純な現象形態」なのである。

「資本論を読む」第1章第3節の3、121-126

 [二] 「われわれの分析は、次のことを論証した。それは、商品の価値形態のまたは価値表現は、商品価値の性質から生じるのであって、その逆に、交換価値としてのそれらの表現方法から価値と価値の大きさとが生じるのではないということである。ところがこの逆の考えが、重商主義者たちやその近代の蒸し返し論者たち、たとえばフェリエやガニイ、等々*の妄想となっているし、また彼らとは正反対の人々、すなわちバスティアやその仲間たちのような、近代的自由貿易の外交販売員たちの妄想となっている。重商主義者たちは、価値表現の質的な側面に、したがって等価形態-それは貨幣としてその完成した姿をとる-に主な重点をおく。それに対して、近代的自由貿易の外交販売員たちは、彼らの商品をどんな価格ででも叩き売ってしまわなければならないので、相対的価値形態の量的側面に主な重点をおく。その結果、彼らにとっては、商品の価値も価値の大きさも、交換関係によって表現されるもの以外には実存せず、したがって日々の物価変動の一枚の伝票の中にだけ存在するのである。スコットランド人のマック・ロードは、ロンバード街の混乱した諸概念をできるかぎり学問らしく飾りたてることをその職分として、迷信深い重商主義者たちと開明的な自由貿易行商人たちとの間をうまくとりまとめている」。

 *第二版への注。「F・D・フェリエ(副関税監督官)『商業との関係で考察した政府について』、パリ、一八〇五年。シャルル、ガニイ『経済学の諸体系について』、第二版、パリ、一八二一年」。


 すでに見たように、「商品価値」は、その商品を生産した抽象的人間労働がその商品の内部に凝固した状態で実存する抽象的な社会的実体であり、その大きさはその商品の生産に社会的に必要な人間労働の量すなわち労働時間の長さによって決まる。これが「商品価値の性質」<>である。この性質は商品の生産過程の中で生れる。そして商品価値は、この性質のゆえに、交換関係の中では、他の商品によって、交換価値という「価値形態」で表現され、この「表現方法」によって、抽象的な価値もその大きさまでも具体的に目に見えるものになるのである。

 ところが一六~一八世紀の「重商主義者たち」や一九世紀初頭の「その蒸し返えし論者たち」、そしてまた、この保護貿易主義的な「彼ら」とは「正反対の見解の人々」すなわち自由放任主義を主張する一九世紀の「近代的自由貿易の外交販売員たち」、たとえばフランスの自由貿易協会書記長「バスティアやその仲間たち」も共に、現象を本質と見誤って、「交換価値としてのそれらの表現方法から価値と価値の大きさとが生じる」と「妄想」した。

 重商主義は、初期資本主義の時代のまだ弱小なマニュファクチュア資本の利益を代弁し、また自由貿易論者は産業革命によって強大に成長した産業資本の利益を代弁することで、両者はたがいに「正反対の見解」をもっていたのであるが、有利な交換条件、交換における有利性を追求する点では共通していた。こうして重商主義者たちは、交換関係において商品価値が表現されるその「質的な側面」に、したがって「貨幣として完成された姿をとる商品の等価形態」に、いいかえれば、できるだけ多数の貨幣としての多量の金銀を獲得することに、「主な重点をおく」。(ここで「貨幣として完成された姿」とは、あとで見るように、商品の等価形態の完成された姿が貨幣だからである)。これに対して「近代的自由貿易の外交販売員たちは、彼らの商品をどんな価格ででも売りつくさなければならないので、相対的価値形態の量的側面」に「その主な重点」をおく。機会制大工業の発展した強大な生産諸力が生みだす膨大な量の諸商品、過剰に生産され勝ちな諸商品を、重商主義的諸規制から解放されて自由に手際よく売りさばくことに「その主な重点」をおく。産業資本にとっては、商品の価値したがって価格は、生産諸力の発展がもたらす労働生産性の向上によって引き下げることができるから、できるだけ多量の諸商品を生産し、それらを売りつくすことが重要なのである。

 こうして彼ら両者ともに、「交換関係によって表現されるもの」、すなわち交換価値いいかえれば価格「以外には」、「商品の価値も価値の大きさも」眼中に無く、「実存しない」のである。彼らにとって「実存するもの」といえば、日々に変動する物価を書きつらねた一枚の伝票中の数字だけなのである。

 スコットランド人のマック・ロードは、イギリスの金融中心地ロンドン・シティの「ロンバード街の混乱した諸概念」、すなわちイギリス・ブルジョアジーの理論的代表者たちの矛盾し対立する考えを、「できるかぎり学問らしく飾りたてる」ことを自分の職分として、貿易数(貿易収支)を絶対視する「迷信深い重商主義者たち」と自由放任主義を主張する「開明的な自由貿易行商人たち」との両者の主張から、どっちつかずの理論をくみたてて、彼自身は、交換関係を主観的な勝ち評価によって説明する、主観的価値論を導き出した。